INTERVIEW
JACKSON kaki
3DCG、映像、パフォーマンス、インスタレーションなどを横断し、音楽を出発点に独自の表現を展開してきたJACKSON kaki。領域を越境しながら活動を続ける彼が、XRコンテンツアワード「NEWVIEW AWARDS 2024」PARCO PRIZE受賞を記念し、2026年2月、渋谷PARCO で発表したインスタレーション作品が「欲望する都市」だ。 本作では、テクノロジー/身体/都市という3つのレイヤーを起点に、物理的な造形、パフォーマンス、XR、映像を組み合わせたマルチメディア表現を展開。一貫して探究してきた「都市」と「身体」というモチーフを軸に、デジタルとフィジカルを交差させながら紡がれる物語は、彼ならではの視点を強く印象づける。パルコとのプロジェクトを継続的に発表してきた彼に、活動初期からの独自の表現の歩みを振り返りながら、今回の展示について、アンダーグラウンドとオーバーグラウンドでの取り組み、そしてこれからの展望と未来の同志へのメッセージを語ってもらった。
「隠された身体」に着目し、テクノロジーと都市の関係を捉え直す
今回の渋谷PARCOでの展示では、「欲望する都市」というタイトルで、インスタレーションを中心とした作品を発表しました。僕は、アーティストとしては3DCGや映像から表現活動をスタートし、岐阜にある情報科学芸術大学院大学(以降、IAMAS)在学中に、パフォーマンスという表現方法、身体というモチーフに興味を持ち、「隠された身体」というテーマで研究制作に取り組んでいました。こういったテーマに興味を持つきっかけが、養老孟司さんの『唯脳論』という本と、養老さんの弟子であって、美術解剖学者の布施英利さんが書いた『死体を探せ!──バーチャル・リアリティ時代の死体』という本でした。それらの本では「隠された身体」について語られています。要約すると、「隠された身体」とは、近代的な「理性」や「テクノロジー」中心の都市設計のなかで、不都合なものとして排除され、周縁化された「身体」のことです。
2人の主張を受けて、理性、そしてテクノロジーと身体を重ね合わせる、その重なる接点を見つけ、新しい価値観や、テクノロジーの方向性を取り出していくということが、自分の中での問題意識として浮上しました。現代における、象徴的なテクノロジーの使用例が、戦争です。ドローンや、人体検知システムなどのテクノロジーが、消費活動のデザインに向けられる。そして、最終的に戦争にまで回収されてしまうことに、虚しさを感じます。アーティストとして僕がやるべきことは、戦争に終着しない、別のテクノロジーの価値観を提出することです。
欲望し続ける人々、そして都市はどこへ向かうのか
渋谷の再開発されたビル群を歩くと、1度も地上を降りることなく、建物のあいだをつなぐ空中通路だけで移動できる、そこに、今の渋谷の面白さが象徴されていると感じます。「空を歩く」という行為そのものや、「空中へ向かっていく」という感覚について、再開発をひとつの現象として解釈してみたい、という思いが今回の展示の出発点にありました。作品内では、地上から50cm離し踏み木を取り付けた、鉄製の竹馬を重要なモチーフとして扱っています。都市の発展により、当たり前のように空中を歩けるようになっているけれど、本来、人間が空に近づくという行為は大きな労力を伴うもの。その重みを再度意識化したいと思いました。
作品内の、MR表現(Mixed Reality:複合現実/現実空間とデジタル空間を重ね合わせ、両者がリアルタイムで相互に影響し合う状態)では、バーチャル上の赤く象られた群衆が、天へ向かうような表現を入れています。人間の「空への」欲望を、現代的な話だけでなく、普遍的なものとして捉えて、旧約聖書のバベルの塔の神話を重ねています。再開発により天へ向かう都市と、地上で分断される人々の状況が、どこか重なるように感じたんです。渋谷という都市が、生き続け、欲望し続ける存在として立ち上がる感覚を描きたい。そこから作品全体のタイトルを「欲望する都市」と名付けました
生い立ち、バンド時代、コロナ禍を経た現在地
思い返すと、こういう風にテクノロジーを用いた表現手法を選び取ったのは、必然かなと思います。父親が楽器メーカーの「ローランド」で働いていて、母親はデザイナー、生まれた瞬間からパソコンに囲まれた家庭環境でした。家では当たり前のようにWi-Fiが通り、いくらでもネットにアクセスできて。祖父がタイプライターの先生で、タイピングも10歳でスラスラできた。そういう環境があったので、小学生の頃からネットに没頭していました。当時、既存の曲を演奏したり、歌ったりするいわゆる「演奏してみた」系の動画が、ニコニコ動画やYouTube上で流行っていました。一方で、ドラムにも夢中でした。ドラムの「演奏してみた」動画をネットにアップしたいと親父に言ったら、電子ドラムとカメラを買ってくれて。動画撮影、音声収録の方法も教えてもらい、11歳くらいでネットに動画を投稿し始めていました。その時の体験が今の表現活動につながっているし、当時とやっていることはほぼ同じだなって。
高校に入ってバンドを組んで、大学まで本格的にバンド活動をしていました。実はROCK IN JAPAN FESTIVALにも出たことがあります(笑)。バンド活動をしていた時期に遊びに行った2017年のFUJI ROCK FESTIVALで、壮大なVJを含めたAphex Twinのパフォーマンスを見て、これこそが「本物のアバンギャルドだ」と思ったんですよね。それから、バンドを続けながらも、Adobe Premiere Proを触り、VR、3DCGもひとつずつその頃にいじり始め、映像も撮り始めました。そして、2019年にVJデビューしたと思ったら、新型コロナウイルスの流行。同時期に通っていた早稲田大学も卒業し、途方に暮れていました。ただ、幸運なことに、音楽をやっていたおかげで、仲間のラッパー、DJからライブ配信やVJ、MVの制作依頼が来るようになりました。がむしゃらに作り続けて、そのままそれがキャリアのスタートになったんですよね。
その後、もう少し深く表現の勉強をしたいと思うようになり、IAMASでパフォーマンス、テクノロジーを横断する表現について勉強し始めました。2024年に大学院を卒業して、今は山梨と東京で、2拠点生活をしています。キャリア的には、良くも悪くもという感じでしたが、制作依頼が増えたのは、コロナ以降だと思います。その頃って、ライブハウス、クラブがすごく苦しんでいたから、僕もサポートしたいと思い、配信技術も一から勉強して、クラブイベントのライブ配信を手掛け、仲間とみんなでメディア表現をやっていこうという気運に恵まれました。
オーバーグラウンドとアンダーグラウンドを繋ぐ接続点
渋谷PARCOとは、今日まで継続的な取り組みがありました。そもそも僕のキャリアもNEWVIEWから始まっています。今でもプロジェクトに関わらせてもらっており、毎年新しいXR表現を模索しています。5, 6年間ともにやり続けてきたことは、僕にとって大きな経験です。2020年のP.O.N.D.も転機のひとつでした。渋谷PARCOで展示をすることは、当時の自分にとってすごく大きな挑戦だったんです。ホワイトキューブでの作品発表も初めてで、多くの人に作品を見てもらうという経験自体が、自分にとって大きな出来事でした。音楽以外のジャンルでの横の繋がりが生まれ、アート、カルチャー含めたさまざまな文脈で表現活動をしている同世代の人と関わるきっかけになりました。
DOMMUNEという存在もとても大きいです。宇川直宏さんはなんというか、僕が今やっているような試みを30年前、90年代にもうすでに実践していた大先輩なので。僕が「新しい」「前衛」だと思ったことは、ほとんど宇川さんがその頃にやっている(笑)。そのくらい偉大な大先輩ですね。DOMMUNEが渋谷PARCOに入っていることも重要です。僕自身、幡ヶ谷にあるFORESTLIMITという小さなヴェニューでずっと活動をしてきました。小さなライブハウスやクラブで何かが発生する、新しい現象が生まれる、そんなモーメントが僕にとっても大事だし、シーンにとっても重要だと思っています。そういう意味で、渋谷PARCOのようなオーバーグラウンドにDOMMUNEがあることは象徴的。P.O.N.D.で僕をピックアップしてくれたり、パルコ全体がフックアップしてくれたりと、パルコという磁場の中で、オーバーグラウンドとアンダーグラウンドを繋ぐ接続点が生まれていると感じています。
僕のアイデンティティは、意味のわからないことをやったり、尖った音楽を聴いたりするような小箱と呼ばれるアンダーグラウンドにあります。その魂を忘れないまま、普段はそういった小箱に来ない人々にもどうやって表現を届けていくか。その間をつなぐ役割を、パルコが担っているように思います。自分としては、今でもアンダーグラウンド側の人間だという感覚があるので、そこにパルコがアンテナを張ってくれていること自体が、すごく面白いし重要だと感じています。
根源的な音楽とは何か、アートを実践する意味とは何かを考える。
「欲望する都市」の展示を経て、今後はキャリアのスタートである音楽と改めて向き合いたいです。芸術を考えた時に、音楽は根源的なアートフォームだと思っています。音楽がこれだけ大量に流通する時代だからこそ、「根源的な音楽とは何か」ということを、もっと構造的に考えてみたい。極端な話、音を使わなくても音楽は成立し得るのか、というところまで含めて考えています。その問いに対して、パフォーマンスやテクノロジー、映像など、さまざまなメディアを横断しながら、音楽が本来持っている力や構造に迫っていきたいです。
ときどき講師もやるのですが、テクノロジーやメディア系の学校って、どうしても専門的な技術の話に偏りがちなんですよね。でも僕は、技術という道具が目的化してしまうのは違うと思っています。技術が持つ美しさばかりを追い求めると、「それってアートじゃなくてもいいよね」という表現になってしまうことがある。特に今のメディアは、音、光、映像で強い刺激を与える「商品」だと感じることがあるんです。いかにそうした刺激中心の構造を乗り越えられるか、そのことはテクノロジーを扱うアーティストや学生には考えてほしい。もちろん技術を学ぶことは大事です。でもその前に、「なぜ表現したいのか」という問いがあるはず。AIの登場により、「創造」の概念も大きく変わっていくなかで、目的が曖昧なままの表現は、すぐに消費のサイクルに回収される。そのサイクルに抗い、根源的な表現とは何か、を問う。テクノロジーの美しさを見せるのではなく、人間の美しさや存在そのものを考えるための手段として、テクノロジーを使うこと。それが重要だと思っています。
JACKSON kaki
1996年静岡県生まれ。山梨県甲府在住。3DCGや映像、パフォーマンス、インスタレーション、サウンドなどのマルチメディアの表現に取り組み、身体とテクノロジーの関係性を脱臼的感覚に落とし込む。パルコとは、カルチャーフェス「P.O.N.D. 2020」への参加をはじめ、グローバルコンテンツアワード「NEWVIEW AWARDS 2024」受賞、心斎橋PARCOにて3DCGのビジュアル表現によるAudio Visualパフォーマンス、渋谷PARCOでの展示作品『欲望する都市』の発表など、さまざまなプロジェクトに参画。VJとしてはMONDO GROSSOやEYƎなどの国内のアーティストから、Two ShellやKode 9などの海外のアーティストとのコラボレーションを行い、クラブシーンを中心に活動する。
https://www.instagram.com/kakiaraara/
Text: Shin Francis Miyagi(RCKT / Rocket Company*)