INTERVIEW
箭内 道彦さん
「風とロック」のクリエイティブディレクターとして、日々話題の広告表現を生み続ける箭内道彦さんは、2001年以来、数々のパルコの広告を手がけてきました。2014年初頭、パルコは彼にコーポレートメーセージの進化を依頼することに。「LOVE HUMAN.」から「SPECIAL IN YOU.」へ。パルコのことを誰よりも長く、深く考えてきた“部外者のひとり”である彼は、どんな思いを持って「SPECIAL IN YOU.」を生み出してくれたのか。また、その目にパルコは、どんなふうに映っているのだろうか。
箭内道彦とPARCO
ここ一年くらいでやっと恥ずかしいという気持ちがなくなり、人に話せるようになったのですが、昔パルコにCM映像をつくって送ったことがあるんです。勝手に撮ったパルコのCMをビデオテープに入れて(笑)。それは、どうしてもそのCMを使ってほしいという気持ちからではなく、たまたま生活の中で“パルコにぴったりなもの”を発見してしまい、直感的に「あ、これはCMにしてパルコに送らなきゃ」と思ったから。当時、真箏(まこと)さんという芸妓さんと知り合って、彼女は夜になると和服のままジャズシンガーMAKOTOとしてステージで歌っていた。日本の伝統芸能である芸妓とジャズシンガーという、真逆の性質が一人の人間の中に入っている。僕は昔から、パルコは“器”で、形も見えないくらいの大きなその器の中にいろいろなものが入っていると感じていました。だから、両極のものが同居している真箏/MAKOTOさんを題材にすれば、その器を上手く表現できるんじゃないかと思ったんです。もちろんそのCMが使われることはなかったけれど、パルコの担当の方が僕の“自主プレゼン”を鮮烈に覚えていてくれて、しばらく後に広島パルコの新館オープンのときに声を掛けていただきました。それがパルコとの初めての仕事です。僕はよく「チャンスに照れるな」とか「自分を見つけてもらうために努力しなきゃ駄目なんだ」とか人に言うんですけど、頼まれてもいない広告をつくって売り込むというのは、やっぱりすごく恥ずかしいことなわけで、なかなか人前でこの話はできなかった(笑)。でも、その一本の映像が、今につながっているかもしれないと思うと、つくづくやってよかったと思えます。
今までパルコでたくさんの広告をつくらせていただきましたが、最初の頃はやっぱり偉大な先輩たちが過去につくってきた数々の広告が、いつも頭の中にチラチラしていました。「今までにない新しいことをやらなきゃ」とか「先輩たちに見られても恥ずかしくないことをやらなきゃ」とか、過去の素晴らしい広告と、それをつくってきた人たちに支配されているようなところがどうしてもあった。極端に言えば「PARCO」という5文字があるだけで、どんなビジュアルでも格好よく見えてしまう。逆に言うと、何をやっても“今”にならない、という悩みもありました。それでもパルコの仕事は面白いことができるし、面白い人たちに会える。それに当時勤めていた会社で出先表に「パルコ」って書けるとか、そういうことが嬉しくてやっていました。ただ、どの広告をつくるときも、パルコと一緒につくっているという感覚が強くて、だんだん僕の中でも広告に対する気持ちが変化していった気がします。例えば、2005年の「PARCO SAYS,」という広告は、「いいじゃん170なくたって!」とか、パルコからの応援メッセージがいっぱい載っているというもの。いくつか仕事を続けていくうちに、アイデアだったりセンスだったりという、テクニカルな領域から抜け出して、だんだん“気持ち”を大事にした広告表現にシフトしていったように思います。
箭内道彦と「LOVE HUMAN.」
2011年の東日本大震災の後、「風とロック」という自分の会社名がすごくそのときの日本に似合わないものに思えてきました。平和な時代であれば何かを壊したり、逆らったり、ダウトしたりということが成立するけれど、これだけみんなが傷ついているときに、「ロックだなんて言ってられるのか?」と。それで、その年の6月にそれまでやっていた「風とロック」と「ロックンロール食堂」という会社をいったん解散して、「すき」「あいたい」「ヤバい」という会社をつくって、「すき」の本社を郡山市にして……。その後さまざまなことがあって、12月頃になると「ロックは愛だ」ということに気づいて少し楽になるんですけど、「LOVE HUMAN.」の話をいただいたのはそんなふうに思える前の時期。その頃、僕は猪苗代湖ズというバンドを通して福島を支援する活動をしていたのですが、パルコの担当の方に「そういう思いを持った人にこそ、この広告をつくってほしいんです」と言われたのを覚えています。「LOVE HUMAN.」というコピーは、すごく温度のある言葉だし、人間くさい言葉。そのときの自分の気持ちとリンクした部分もあって、実際になるかどうかはわからないとしても、この広告で元気になる人がいてほしいと思ったし、自分も元気にならなきゃと思った。元気に“なろうとしようよ”というメッセージを伝えたいという思いから、仙台駅前で写真を撮ることを提案し、仙台パルコのスタッフの方と一緒に撮影を行いました。まだ壁が壊れたままの仙台駅だったりCDやギターが散乱している早朝の名取海岸だったり、すごく記憶に残っていますね。
箭内道彦と「SPECIAL IN YOU.」
「LOVE HUMAN.」を担当してきて、もちろんこの言葉のよさも感じていたけれど、同時に少し大きすぎるというか、パルコがやっていることとだんだん乖離してきたかな、という印象も持っていました。そんな中で「その次を」という話をいただいた。やってきたことを否定しないで進化させていくというのはかなり難しく、「SPECIAL IN YOU.」にたどり着くまでにあらゆることを検討したし、責任を持って僕がやらなきゃいけない仕事なんだと強く思っていました。「SPECIAL IN YOU.」「君も特別。」という言葉は、僕にとっても“今”な言葉。自分にとっても今、若い人たちにすごく伝えたいことなんだろうな、と感じています。なんと言うか、みんなそれぞれが楽しみな存在だし特別な存在で、だからこそ大変なこともあるし厳しいこともあるよ、というメッセージ。それは今、世の中に必要な気持ちのひとつなんじゃないかなって感じています。
箭内道彦と「シブカル祭。」
今回、大森靖子さんが「SPECIAL IN YOU.」という言葉をデビューさせてくれました。僕にとっても彼女の存在はすごく大きくて、言い方はよくないかもしれませんが、彼女を見ているとすごく素敵な“歪み方”をしているなって思うんです。自分がやりたいことを貫きたいという強い思いがありながら、同時に褒められたいしヒットを出したいという気持ちもある。「自分だけがわかっていればいいや」という穴に籠れば、どんどん深く掘っていけるけれど、そこから外に出てきているんですよね。「シブカル祭。」を見ていると、そんな女の子たちがたくさん集まっているイベントのように感じます。ああいう機会がないと、なかなか外に出ていかない子が多いんじゃないかな。そこには、個展じゃなくて女同士の張り合いというか切磋琢磨できる場があり、隣にも向こうにも同じように表現している女の子がいる。すごく可能性のある変な場所ですよね。
最近あるミュージシャンとお話しする機会があって、彼は世の中の価値観を変えることを目標のひとつにして歌ってきた、と言うんです。それを聞いて、パルコがやっていることも同じで、今の時代の価値観を変えようとしているんじゃないかなと思ったんです。「特別な人は一人しかいない」というみんなの認識を、そうじゃなくて「ほかにももっといるよ」というふうに世の中を変えていきたいという思い。「シブカル祭。」もその一環だと思います。パルコは昔からたくさんの新しい才能を発掘して、世に送り出してきた企業ですよね。あのビデオテープのことを思えば、僕だってインキュベーション(抱卵、培養、育成という意味)してもらった人間のひとり。みんな外に出て、勉強したり傷ついたり、いろいろな武者修行をして10年後20年後にパルコへ恩返しにくる。パルコがそれを期待して若い人を盛り立てているわけではないと思いますが、そんなふうになる気がするんですよね。
「シブカル祭。」とは「人が集う場所=パルコ」という原点に立ち戻り、新しい表現をし続ける若いクリエイターに表現の“場”を提供するためにスタートしたプロジェクトです。目を向けた先は、日々進化を遂げながら、常に新しいカルチャーを生み出し続ける渋谷の街で、男子よりもパワフルに自分を発信する女子クリエイターたち。2011年、渋谷パルコを舞台に、新しい未来を切り開いていく彼女たちの才能を一同に集結した“女子の文化祭”として、第1回目の「シブカル祭。」が開催されました。以来、年に一度のお祭りは回を重ねる毎に進化を続け、アート、音楽、ファッション、パフォーマンスなどあらゆるジャンルから延べ500組以上の女子クリエイターに参加いただいています。
箭内 道彦/ Michihiko Yanai
やない・みちひこ。クリエイティブディレクター。1964年、福島県郡山市出身。博報堂経て、2003年「風とロック」設立。最近の仕事に、サントリー「ほろよい」、リクルート「ゼクシィ」、グリコ「ビスコ」「チーザ」、タワーレコード「NO MUSIC, NO LIFE.」、ダンロップ「エナセーブ」「WINTER MAXX」、マルちゃん「麺づくり」など。創刊100号を迎えた「月刊 風とロック」発行人、2011年NHK紅白歌合戦に出場した猪苗代湖ズのギタリストでもある。
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